遺言書を作成すれば、相続人以外に財産を渡すことができますし、法定相続分にとらわれない相続を実現することもできます。しかし遺言書は適式に作成されていなければならず、作成の方法は遺言書の種類によっても異なります。
そこで遺言者は、遺言書にはどんな種類があるのか、それぞれの作成方法や特徴についても知っておく必要があります。
遺言書は、まず普通方式と特別方式に分けることができます。2つの方式とそれぞれに対応する遺言書の種類、特徴は下表の通りです。
遺言の方式 | 遺言の種類 | 特徴 | |
---|---|---|---|
普通方式 | 自筆証書遺言 | どこでも1人で作成できる | |
公正証書遺言 | 公証人と作成する | ||
秘密証書遺言 | 内容は秘密のまま作成の事実を残せる | ||
特別方式 | 危急時遺言 | 死亡危急者遺言 | 死亡の危機に迫ったときの特例 |
船舶遭難者遺言 | 船の遭難で死亡の危機にある時の特例 | ||
隔絶地遺言 | 伝染病隔離者遺言 | 伝染病で隔離されたときの特例 | |
在船者遺言 | 船舶中に作成するときの特例 |
基本的には普通方式により遺言書を作成します。特別な状況下でなければ特別方式について意識する必要はありません。
特別方式については表にあるように危急時にする遺言と、隔絶地に置かれている時にする遺言の2タイプに分けられ、さらに種類分けがなされています。
代表的な遺言書の1つが「自筆証書遺言」です。
遺言書作成のために手続を行ったり費用を支払ったり、立会人を用意するなどの必要はありません。
[作成の要件]
“自筆”証書遺言ですので、遺言書の作成は必ず自筆しないといけません。そのためパソコンやスマホを使ってプリントアウトすると無効です。
ただし、財産目録に関しては記載すべき情報が多岐にわたるため、別添形式にした財産目録については自筆しなくてもかまいません。もっとも、財産目録のすべてのページに署名押印が必要です。
加除訂正を行う際にも方式に注意が必要です。訂正等を行う場所を明示し、変更を行った旨を付記、その場所に署名押印をしないといけません。なお、所定の方式に従わない場合でも無効になるのは加除訂正であり、遺言全体が無効になるわけではありません。
もう1つの代表的な遺言書が「公正証書遺言」です。
その名の通り遺言書を私文書としてではなく、公正証書として作成することになります。手続の手間や費用などはかかりますが、安全で確実な遺言書作成が行えます。
[作成の要件]
公証人が作成した場合、公文書となり、文書としての証明力が高くなります。
ただし、公正証書遺言の作成にあたり公証役場にアポを取らなければならず、公証人および証人とのスケジュール調整もしないといけません。
普通方式の3つ目が「秘密証書遺言」です。
自筆証書遺言のように完全に1人で作成するわけではなく、遺言書が作成されたという事実は明確にすることができます。公正証書遺言でもこの点明確にできますが、秘密証書遺言では遺言内容を秘密にできるという利点を持ちます。
[作成の要件]
公正証書遺言同様に証人が必要となりますが、公正証書遺言の場合には証人の確保ができなければ公証役場の方で用意をしてくれます。しかしながら、秘密証書遺言の場合は自分で用意をしないといけません。
特別方式のうち危急時遺言には、①死亡危急者遺言と②船舶遭難者遺言の2種類があります。
いずれも死亡の危機が迫っている状況下であれば、特別の作成方法が認められます。
例えば、自書である必要がありませんし、証人の立会は必要であるものの公証人が作成に関与する必要もありません。
なお、①の場合には3人の証人が必要ですが、②の場合は船や飛行機に乗っていることを前提に2人の証人でも良いとされています。
特別方式のうち隔絶地遺言には、③伝染病隔離者遺言と④在船者遺言の2種類があります。
いずれも遺言者が隔離されている状況下であれば、特別の作成方法が認められます。
例えば、遺言者自身による作成は必要であるものの、公証人は必要なく2人以上の立会があれば良いとされています。
③については隔離の原因が伝染病等にあることが必要で、立会人のうち1人は警察官でないといけません。④については長期にわたる航海で陸地から離れていることが必要で、船長や事務員の立会いが必要とされています。
なお、普通方式による作成が可能になって6ヶ月間経過すると、特別方式により作成された遺言書は無効になります。
遺言書の種類もたくさんありますが、多くは「自筆証書遺言」または「公正証書遺言」として作成されています。
公正証書遺言に関しては、作成件数が日本公証人連合会から公表されています。そのデータによると、令和4年の1年間に全国で作成された数は11万1,977件です。平成25年以降のデータを見ても推移はおおむね横ばいです。
出典:日本公証人連合会「令和4年の遺言公正証書の作成件数について」
一方、自筆証書遺言は遺言者が1人で作成することも可能で、作成件数を正確に把握することはできません。しかしながら、自筆証書遺言の場合は相続開始後に検認手続が必要ですので、その件数を目安に考えることもできます。そして全国で行われている検認は毎年2万件近くであることが司法統計から確認できます。
出典:裁判所「司法統計」
では、自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらかを選択する場合、何に着目して判断すると良いのでしょうか。以下では遺言書の作成方法を検討するときに着目したいポイントを挙げていきます。
自筆証書遺言を作成するのに費用は必要ありません。筆記用具と用紙、印鑑があればすぐに作成できます。
一方、公正証書遺言の作成では、遺言書に記す財産の価額に対応して手数料が発生します。財産の価額が100万円以下なら手数料5,000円。100万円を超えて200万円以下であれば7,000円。200万円を超えて500万円以下であれば11,000円・・・といったように、手数料が設定されています。詳しくは「公証人手数料令第9条別表」に手数料が記載されています。
なお、基本の手数料に加え、財産の価額1億円以下のときには遺言加算として11,000円の手数料が加算されます。
自筆証書遺言は、いつでも、どこでも、1人で作成ができます。そのため比較的手間は小さいといえるでしょう。
ただし、亡くなった後で検認の手続が必要です。家庭裁判所で遺言書の封を開け、そのときの状態を確認してもらわないといけません。検認を行うことでそれ以降の偽造などを防ぎ、法務局や銀行での手続(登記手続や預金の払い戻しなど)も進められるようになります。
公正証書遺言では公証役場に問い合わせて日程の調整などから始めないといけません。公証人と遺言書の作成についてのやり取りも必要ですし、手間は比較的大きい作成方法といえるでしょう。
自筆証書遺言の場合、保管方法に決まりがありません。遺言者が自宅に保管することも可能ですし、銀行の貸金庫に入れておくこともできます。好きな場所に置いておけますが、亡くなった後で「遺言書が見つからない」といった問題が発生することもありますので要注意です。逆に簡単に手に取れる場所に置いても、紛失などのリスクにさらされます。
公正証書遺言の場合は作成後そのまま原本が公証役場に保管されます。遺言者は保管について悩む必要はなく、紛失などのリスクを不安視する必要がなくなります。
以上を踏まえると、保管に関しては公正証書遺言の利点が大きいといえます。
ただ、近年は自筆証書遺言を法務局で保管する制度も運用が始まっています。費用はかかりますが、保管についての自筆証書遺言のネックをカバーすることができます。また、預けるときに検認同等の手続を行うため、亡くなった後で相続人に検認の手間をわずらわせることもありません。
せっかく作成した遺言書も紛失してしまうと意味をなさなくなります。また、作成方法を間違えても法的に有効であることを主張できなくなります。
なくなったり無効になったりすることに加え、保管の状態によっては偽造されてしまうというリスクにもさらされます。
自筆証書遺言にはこうしたさまざまなリスクが伴いますが、公正証書遺言の場合はこれらリスクがあまり問題にはなりません。作成に公証人が関与することで遺言能力の有無もチェックされますし、法的に無効な遺言内容なども避けやすくなります。保管についても悩まなくて良いです。
自筆証書遺言でも保管制度を利用すればリスクを小さくすることはできます。偽造や紛失のリスクはなくなり、保管受付のタイミングで保管官がチェックを行うため方式不備のリスクも下げることができます。
とはいえ作成時に証人の立会がありませんし、遺言能力をめぐって争いが起こるリスクは避けられません。そのため「リスク回避」に重点を置くのであれば公正証書遺言を選択すると良いでしょう。